B:走る絞首台 ギャロウズピーク
親鳥が、巣で待つヒナのために餌を運ぶ姿を見ると、親が子を想う気持ちは、人も動物も変わりがないと思える。
だが、巨大な嘴で人の頭を咥え込み、巣に向かって疾走するアックスビークを見たらどう思う?まるで動く絞首台だと感じたって、無理はないだろう。大食らいのヒナたちを満足させるため、今日も嘴に吊るす獲物を求める巨大アックスビーク……
人呼んでギャロウズビークを討ち倒してくれ。[
~ギルドシップの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
一度でも人間を喰った魔獣は決してその味を忘れないのだという。いや、「忘れられない」の方が表現としては適切なのかもしれないが、人喰いと呼ばれる魔獣の多くは初めて人を喰らうその時までは他の個体と同じように野生の動物や自分より食物連鎖が下位に当たる生物を狩り、喰らって生きている。
だが、それが何かの拍子、例えば飢饉に見舞われて前後不覚になるほどの飢餓状態に陥った末に人を捕食したり、行き倒れた旅人や冒険者の死肉を喰ったり、それとは知らず人肉を喰らってしまったり、ときっかけは様々なようだがそれがトリガーとなり、人肉しか食べなくなる。そんなに美味いのか、それとも人肉には魔獣に効能のある依存性の物質があるのかは解明されていないが、人肉を喰った魔獣は他の獲物の肉は食べなくなる。また人肉を口にしていない個体に比べ、人肉を口にした魔獣の方が凶暴化しているという研究結果もあるらしい。その研究自体、襲われる側となった人間が行った研究なのでその客観性に疑問は残るものの、知能の高い魔獣の中には人肉を喰ってしまった個体を群れから追い出したり、または自ら群れを離れたりする種もいることから、その個体の生態に何かしらの変化を及ぼしている可能性は否定できない。
トラル大陸の北部サカ・トラルのヘリテージファウンドにギャロウビークという怪鳥がいる。元の種はアクスビークと呼ばれる陸鳥で大きな嘴にドラゴンの下半身と翼が付いているといった感じのなんとも見た目の悪い陸鳥だ。厳密に言えばドラゴンの亜種や同種なのかもしれないが、その生態は鳥類そのもので、荒れた大地の目立たない場所に枯草や枯れ枝を集めた巣を作り、卵を産む。卵が孵化するまで親は巣で卵を暖め、ヒナが孵ると今度は餌を集め、巣にいる口を開けたヒナに嘴でそれを与える。
翼はあるが、蝙蝠の翼の様に弱なその翼では空を飛ぶことは出来ない。そのため親鳥は餌を捕えるとヒナに餌を与える為に、尾でバランスを取りながら2足歩行で荒野を疾走して巣に帰る。ダチョウやチョコボのようにすらっとしたフォルムをしていないアックスビークの疾走はドタバタという擬音がしっくりくるような走り方で、現地にはそれに因んだ諺だったり、それを形容し茶化した言い回しもあるのだという。そんなコミカルなアックスビークだが、ごく少数人を喰う個体がいる。それがギャロウビークだ。
ギャロウビークが人喰い魔獣となった経緯は推測に難しくはない。奴らが生息するヘリテージファウンドと呼ばれる地域は昔ヤースラニ荒野と呼ばれていた地域で、シャーレアンの発表によれば部分的世界統合というものが発生し、アレクサンドリアという国がこの地に現れ、雷属性のエーテルに大きく傾いたのだという。その影響によりこの地域は常に雷雲に覆われ、雨のように落雷が降っている。元々荒地ではあったが、さらに日が照らなくなったために商物は殆ど生えず、そのため魔物はいても草食動物は生息していない。つまり魔獣や野生動物にとっては常に食うに困る環境であるという事だ。そんな中でもそこに暮らすもの何かしらの方法で食を繋ぎ、命を繋いでいるとはいえ飢餓に苦しむ一部のアクスビークが人喰いに走るのも無理のない話だ。その大きな嘴で人間の頭を咥え、嘴からはみ出た人間の体をプラプラさせながら巣にいるヒナに与えるために荒地を疾走するその姿から、ギャロウビークは「動く絞首台」と呼ばれている。
「問題は、ギャロウビークがヒナの餌付けに人を与えることにある」
ギルドシップの担当者が言っていることは正しい。
人肉を喰うギャロウビークはヒナにも人肉を与え、人肉で育ったヒナはやはり人肉を喰うギャロウビークへと成長する。しかも悪いことに、ギャロウビークは多産な上に、このヘリテージファウンドには天敵となる者が生息していない。そのため産んだ卵はその殆ど全てが淘汰されることなく成鳥へと成長する。人喰い魔獣はどんどん増えることになってしまう。当然、人を喰う魔獣が増えれば人的被害も増えることになる。数の少ない今、絶滅させておかないと食い尽くされるのは人の方だ。
あたしと相方は倒したギャロウビークの巣の前に立って9匹のヒナたちが口を開けて食べ物をねだるのを見下ろしていた。
「大人は不細工なのに、なんで子供って可愛いんだろうね」
相方が苦渋に満ちた声で呟く。冷静に考えれば人を喰う魔獣と人命を秤にかけられるものではないのだが、やはりどうしても考えてしまう。
あたしは両手で自分の頬を叩き邪念を追い払うと、相方に離れて遠くを見ていてくれるように頼んだ。
ヘリテージファウンド